元ボクサーがトレーナーから理学療法士になりました日記

適当に更新する予定です。飽きたらごめんなさい。

勉強しないといけない?

「勉強って何の為にするん?」

「勉強って必要なん?」

「勉強して何になるん?」

「何で勉強しろって言われなアカンの?」

 

といった疑問をお持ちの方もいるようです。

 

かく言う僕も、高校1年の時に

 

「あれ?何の為に勉強してるんやろう?」

「こんなん社会に出て何か役立つんかな?」

「使わんことがほとんどなんちゃうん?」

「大学に行く為に勉強して、何をやるか分からん大学に入って、また興味ないことを勉強して、勉強したことと関係ない仕事について一生を終えるん?」

 

なんてことを、考えてたことがあります。

(大学という所についてもよく分かっていなかった)

 

その結果、「自分は何をしたいのか?」を考えて、偶然ボクシングに出会って始めましたが、一生は続けられないと思ったので「引退後の仕事をどうしようか?」を考えて、自分が興味のあることについて考えた結果、トレーナーになる為の専門学校に行き、トレーナーとして働き、その後、理学療法の専門学校に行き、今は理学療法士として働いています。

 

この過程は結果的に、自分がその時にやりたいと思ったことを、自分で選択して(環境の影響もありますが)、やりたいようにやってこれたと思っています。(中身の質は置いといて…)

 

ということで、結果的に勉強はしてきたようですが、「やりたいこと」というのが、僕にとっては重要なキーワードであったように思います。

 

さて前置きが長くなりましたが、タイトルに戻って、「勉強しないといけない?」について。

 

結論から言うと、「しないといけない」というよりは、「しておいた方が良いこと多いんちゃう」と思っています。

 

「勉強」という言葉を使うと、拒否反応を示す方もいらっしゃるかもしれないですが、要は「何かについての知識を蓄えること」と捉えると、しておいた方が良い感じがしないでしょうか?(笑)

 

何かについて知識を蓄えようとする時って、どんな時でしょう?

 

例えば、「何かに興味や関心がある時」は、そのことについての知識を得ようとしているのではないでしょうか?

 

例えば僕の場合、ボクシングを始めた時に色々な選手の(当時は)ビデオを集めたり、本を買ったりして、色々調べたりしましたが、そういう行為も勉強になると思います。

 

また、「しないといけないことがあるけど、やり方が分からない時」も、そのことについての知識を得ようとすると思います。

 

仕事や何かの手続きなどが、そういった場面になるのかもしれません。

 

これらは、目的がハッキリしていて、それを達成するための勉強ですね。

 

また、「知識を蓄えていく中で気づくことが出来る」という視点もあります。

 

やりたいこと、やるべきことが明確であれば、何を勉強するかがある程度わかりやすいですが、よく分からない場合は、色々やっていく中で見つかることもあると思います。

 

小、中、高校の時の勉強等は、これに当てはまるケースが多いのかもしれません。

 

知らないと見えないこともあるということですね。

 

目的が明確であれ、不明確であれ、「勉強する過程で向上する能力」もあると思います。

 

興味があるなしに関わらず、大抵の勉強の過程で文章を読み書きする、人の話を聞く、人に伝える、計算する、わからないことについて考えるなどの行為を行うと思います。

 

そういう経験に慣れている人は、学び方の勉強ができているかもしれませんが、勉強から目を背ける頻度が高かった人は、そういった能力は養われにくいのかもしれません。

 

そうすると、後々勉強する必要が出たときに効率良く行いにくくなってしまう可能性もありますね。

 

まあ何にせよ、個人的に知識はあるに越したことないと思うので、勉強できる時にしておく方が良いと思います。

 

ただ、何についてどれくらい時間をかけて勉強していくのか、優先順位を決めて上手く行えていくと良いなと思います。(これが難しい)

 

全部は難しいかもしれませんが、なるべく興味、関心を持って取り組めると良いですね。